ゴアの夕陽
写真と文:有村遊馬
飲めばシアワセ、よみがえる─
そんな瞬間をお届けすべく、今日も私たちはせっせと焙煎しています。
あ~シアワセやなぁ、と感じる瞬間は人それぞれ。私にとってのそれは、豆を挽くときに広がる香りに加え、旅や写真や、自然の中に身を置くことだったりします。
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2019年から20年はじめにかけて、中国の上海で暮らした。海外旅行には何度もいっていたが、海外で生活をするという経験ははじめてだった。
海外挑戦は一つの目標であり続けたが、簡体字で溢れるこの街に住むことだけは、なぜかそれまで一度も考えたことがなかった。それでも何かの縁で降り立ったこの地に、絶対に爪痕を残してやるという強い意気込みで乗り込んだ。しかし蓋を開けると、想定外と空回りばかり。プレッシャーから蕁麻疹が出たり、寝れなくなることも多かった。
なんとか数ヶ月をサバイブし、山奥に一人で行っても困らない適度の中国語が身についた頃、春節を迎えた。中華圏の人々が一年でもっとも楽しみにしている旧暦のお正月で、1週間ほどの連休になる。それまでの自分への労いを兼ね、旅行に出かけた。しかし「想定外」の嵐は弱まるどころか、特大の塊になって襲ってきた。
上海虹橋空港から雲南省・昆明へ旅立つ2日前だったか。新型コロナウイルスの波が、突如上海にも押し寄せた。当局による公式発表の翌日、街中のほぼ全員が一斉にマスクをするようになった。恐ろしいほど急激な変化に、異様な不気味さが立ち込めていた。その頃はまだ、世界でも中国でしか感染者が確認されておらず、どこまで広がっていくのかも見当がつかなかった。
たまたまこの旅は、謎の感染症から逃げていくようなルートだった。雲南省からラオスへ抜け、そこからインドのカルカッタに飛び、南下して最南端カニャクマリで朝日を見るという計画だ。
「これからどうなるんやろう」
世界中の誰一人として答えを持ちあわせていない、しかし日に日に大きくなる、そんな不安を抱えながら、旅は進んでいった。
南インド・ゴアのパロレムビーチにたどり着いた。暇そうに寝る牛がいた。野良なのか飼われているのか分からない犬たちが、戯れあっていた。微笑ましく波打ち際で語らうカップルがいた。ボールを蹴りあう少年たちがいた。皆、思いのままに過ごしていた。
水平線にゆっくり落ちる黄色い太陽は、全ての生き物を優しく見守っているかのようだった。何時間でも見ていられる夕陽だった。
まさにシアワセがよみがえる瞬間だった。異国の地・上海でもがき続けた苦労や不安はすっと消え、「なるようになる」という気持ちが湧いてきた。たくさんの想定外を自分なりに乗り超えてきたという、少しの自信の現れだったのかもしれない。