母とエスプレッソ
写真と文:ステ
飲めばシアワセ、よみがえる。
私にとっては、エスプレッソはシアワセの記憶を呼び起こす魔法の飲み物だ。
新卒1年目の秋、思い切って母へフランス旅行をプレゼントした。病弱だった自分をいつも励まし育てあげてくれた感謝の気持ちだ。「親孝行したいときには親はなし」という言葉が胸に引っかかり、社会人になったら親孝行したいと決めていた。
パリに降り立つ。どこを切り取っても絵になる町だ。先ずは観光をとにかく楽しんだ。
旅行中は、祖父の形見であるジャケットを着ていた。一点物の宝物だ。着心地が良く、快適な気持ちにしてくれる。何より、親子三世代で旅行している気分になれて心地良かった。
休憩場所を求め、シャンゼリゼ通りのカフェに足を運ぶ。人通りが絶えない、どうやら人気カフェらしい。後から調べてみると1899年創業の由緒あるカフェだった。
壁に飾られた著名人の写真がずらーっと並んでいる。お洒落なインテリアとスタッフに圧倒され、緊張しながらメニューを開く。目に文字が飛び込んでくるが、全然読めない。焦りながら、初めに読めた単語をそのまま注文した。人生初のエスプレッソである。
思った以上にコップが小さい。しかも濃くて苦い。唖然とする自分に、母は笑いながら飲み方を教えてくれた。
母とふたりで1週間も行動をするのは、小学生以来だ。もしかしたら初めての経験だったかもしれない。濃密な時間だった。
旅の終盤、母から「フランス旅行は走馬灯に出てくるね~」と明るい口調で独り言が出た。祖父母が他界している自分にとって、母の死は遠い存在ではないため、少し寂しい気持ちがした。ただ母との思い出が作れて、すごく誇らしい気持ちにもなれた。
旅行を思い出すと、自然とシアワセな気持ちが蘇る。親孝行でスタートした旅だったが、母との楽しかった思い出は、その後の人生を支えてくれたと実感する。
まだエスプレッソは飲み慣れない。ただフランス旅行の記憶を呼び起こしてくれる大事な存在である。
先週、母は還暦を迎えた。まだまだ元気である。父編もまたいつか!